2008年08月25日

亡き母を偲ぶ・兄嫁へのプレゼント

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長い間、お袋に仕えた労苦に報いるため、兄と2人で兄嫁にささやかなプレゼントを贈ることになった。

3年前、腸に悪性のがん手術。

腸が破裂して、何日もたまっていた便が体中に散った。

大変な手術になって、人工肛門となった。

お袋は嘆き悲しんでいた。

退院。自宅に戻って、風呂に入るときに、人工肛門から便が天井に届かんという勢いで噴き出した。

兄は呆然と見ているだけ。

兄嫁が機転を利かして、すぐさまお袋の人工肛門を手で押さえつけたという。

2年前、再手術をして、校門は元に戻った。

お袋は喜んで、明るい表情をしていた。

だががんは確実に進行していた。

兄夫婦がまたして病院に呼ばれ、入院して抗がん剤投与を打診された。

その夜、お袋はそれを拒否した。



ふさふさの髪がなくなり、歯はがたがた。

そんな醜い顔になってまで、延命措置はいらないというお袋と親子喧嘩が始まった。

兄嫁は泣き出した。、

実家から日曜日の夕食を呼ばれた。

静まり返った食卓に、お袋一人だけが普段通りの饒舌(じょうぜつ)ぶり。

家族はみんな黙って、お袋の独演会を静かに聴いていた。

自分の両親よりも長生きした。

 お袋の母親は若い頃からヘルニアに悩まされ、若くして亡くなった。

 小さい頃から母親代わりに父親と妹の面倒を見ていた。

もう十分生きた。

 お袋は逆縁を恐れていた。

 子供が親より先に逝くことがあってはならない。

 それが親にとって、何よりも親不孝。

 親の死に目に会うまで、子供が元気に生きることが一番の親孝行。

これより長生きしては、かえってみんなに迷惑をかける。
 
こんなことを口にしていた。

 x  x

兄嫁はお袋の秘書、ボディーガードをしていた。

お袋が銀行のキャッシュコーナーで下ろした大金50万円を忘れきた事件があった。

気付いてすぐに戻ってみたら・・お金は無い。戻らなかった。

お袋は「株ですった」と思えばいい、とさばさばしていた。

こういうことがあっても、お袋は通りで拾った財布を黙って自分の懐に入れない。

派出所に届け、期間がたち、持ち主が現れず、しかもその全額を子ども会寄付した。

話を戻そう。

事件の後、銀行へは兄嫁が同伴することになった。

こういうこともあって、お袋が亡くなって、兄嫁へのプレゼントをすることになったが、何にする?

姪(兄夫婦の一人娘)のアドバイスもあって、エルメスのバッグ?

兄嫁は娘と親子で、ブランドめぐりをして、シャネルの財布を見つけた。

気になるお値段は、9万円。

兄と顔を見合わせ、2人で大笑い。

誰が買うの?

で、エルメスのカバンは?

目が点になった。小さいので30万円。ちょっとしたものは、100万円以上とか。

そしてこのほど、プレゼントは結局、このシャネルの財布とヴィトンのバッグとなった。
posted by マダムフセイン at 09:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

永遠の眠りに付いたお袋

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茫然自失、自己の存在を見失った。

7月25日、早朝、お袋が息を引き取り、永遠の眠りに付いた。

6月1日の日曜日、あんなに元気で、2人でチョコアイスクリームを食べたのに、その夜、突然、食事が取れなくなり、一人で歩けなくなった。

そのときは、年内か来年の命とつぶやいていたのに、会うたびに死期が早くなって、8月第1日曜日の夜、二人で寝ようと電話で話したら、「命があればね」と本気なのか冗談交じりに電話を切られた。

そして亡くなる数日前には「いつお迎えが来てもいい」と達観していた。

2人の息子と兄嫁から、大切にされ、介護ベットに横たわるお袋は、覗き込む家族の顔を見て、「幸せ」と口にした。

「感謝」「ありがとう」も幾度も口にした。

昨夜から眠りついたお袋は、朝になっても目を覚まさない。

様子が変、手を握り締めていたが・・

息が止まって、開いていたが口が閉まってしまった。

手をさすっても、呼んでも反応が無い。

あふれる涙は、もう止まらない。

兄嫁に「よくやってくれました。本当にありがとう」と声をかけたのが精一杯だった。

兄嫁は「おばあちゃんが大好きだった」と答えてくれた。

後は泣くしかなかった。

お袋のもともとの家系はいい。

何十丁簿という大地主で、造り酒屋の孫、直系宗家。

大屋敷は、普段、大門にある小門を利用するが、つつじが咲くころに年に一度だけ、大門を開く。

近所の人たちが、弁当を持って、行楽に訪れたという。

子どもたちは、乳母日傘(おんばひがさ)で育ったという豪商も、保証人になったばかりに、没落。

セリで蔵から持ち出された骨董品は、お寺の本堂に並びきれなかったという。

お袋の子ども時代、親類の宝石時計店からかわいがられ、贈られたイヤリングを耳にして、高級腕時計をして、ルーペや顕微鏡をもって、小学校に通ったという。

その恩義をお袋は生涯、忘れなかった。

時計店のご主人は若くして亡くなり、店をたたんで、おば様は外に働きに出ることなく、遺産で子ども4人を育て上げたが、老後は悲惨。

お袋は、服上下から、ぞりまでをプレゼントしたり、喫茶店、飲食店に誘って、「娘より大事にしてくれる」と感激された。

家族が基本。他人は信用しない。

だが、ひとたび信用すると、とことん付き合う人だった。

工務店の棟梁がお通夜に来てくれた。

リフォームやら水道行為業者ら営業が来ても、全て断るのも、仕事ぶりと人間性が気に入った棟梁との深い付き合いがあるから。

美容院の先生も、通夜に駆けつけくれた。

名古屋近郊から岐阜県境に独立開業されたが、腕と人柄で、わざわざ何十キロと離れた美容院に、兄嫁の運転する車で通う。

ボブカット、おしゃれなお袋のお気に入りのヘアスタイルは、十年以上も変わらない。

家族の中で、家族の悪口を言うと、たちまち機嫌が悪くなる。

他人に家族の悪口は一切言わないし、いい事でも、あまり語りがたらない。

家族自慢もしない。

人を騙すことはしないし、また騙されない人だった。

お袋には、ごまかしがきかない。

だから正直に話すしかなかった。

子どもの頃、聞かされたことわざがある。

「人を呪わば、穴二つ」

「人を悪く言ったり、人を陥れようと穴を掘っていると、自分が落ちる穴まで掘っている」と説明を受けた。

気位が高く、気高く生きた人生だった。


明日ありと 思う心の
  あだ桜 夜半に嵐の
     吹かぬものかは

親鸞が9歳のとき出家得度して詠ったとされる。

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なお、写真はお袋とブロガーのツーショットです。

似てるでしょう。親子だも・・

写真の上でクリックすると、拡大します。
posted by マダムフセイン at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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