2014年03月29日

股のぞきで見る天橋立

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天の橋立ては、自然が作った造形美。
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天の橋立てが成長し続け、ついには海をさえぎってしまった。
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日本三文殊のひとつ智恩寺の山門。奥が智恩寺。
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山門から回旋橋。お土産、飲食店が並ぶ。
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回旋橋から観光船を写す。
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橋を超えて、宮津湾へ。
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縄文の時代から川が海に運ぶ砂が堆積して、このような細長く松の並木道が作られていった。
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日本名松百選の一つになっている。
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日本の白砂青松百選の一つになっている。
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日本の渚百選の一つになっている。
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遠くに見えるのが天橋立。
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ケーブルカーの中から外を眺める。
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ケーブルカー終着駅から天橋立を望む。
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股のぞきで見る天橋立は、天への架け橋に見えます。
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さらに高台にある傘松公園にのぼり、ここから見る天橋立はワオー!
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帰りはリフトで天の橋立てを眺めます。
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良い眺め・・
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到着して振り返ると、ケーブルカーとリフトが並行している。
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天橋立ケーブル駅前にもお土産店が並ぶ。

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2014年03月17日

記念すべき最高の日

3月14日は、記念すべき最高の日となった。

午前に足立美術館のツアーに参加申し込みに名古屋駅近くのJTBへ行った。
http://www.adachi-museum.or.jp/ja/
足立美術館(↑をクリック)は、横山大観など日本画壇を代表する絵画を展示するが、足立美術館が注目されるのはそれだけではなく、世界から絶賛されている日本庭園。

ぜひとも大観の絵画とともに鑑賞したい。

その夕方、よしかわちなつちゃんのミニライブがあり、新曲「紅い軒鶴」を聞きに金山駅南にある濃尾商会主催JOYJOYへ向かった。

会場には、テレビも新聞もなくラジオを聴く生活をしているおばあちゃんがいた。

生活保護を受けていた(いる?)そうで、ちなつちゃんの演歌が励みになっているようだった。
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会場に現れた、ちなつちゃんは絵になる華がある。

そこはとなく艶やかで、細やかな気遣い、心配り。
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そして体から醸し出す空気、雰囲気が実にいい。
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歌う姿は、指先にまでが情感が伝わり、その立ち居振る舞いは、高い完成度を極めている。

新曲「紅い軒鶴」で、お確かめ下さい(↓をクリック)。
http://www.youtube.com/watch?v=FJ_RG4AMoJ8
よしかわちなつちゃんは、演歌の歌姫。動く芸術。舞う足立美術館です。

ライブが終わり、サイン会、握手会、撮影会が行われ、サイン色紙は一生の宝物。

ツーショット写真は、緊張の夏、ちなつちゃんの夏?で、体がコチコチに固まってしまった。
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握手してくれた、ちなつちゃんの温(あった)かいぬくもりに、興奮、感動して、しばらくの間、夢心地にいるようだった。

3月14日は記念すべき日。最高の一日となった。
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ちなつちゃんは、寂しさ、孤独、色々なことを抱え込む人たちに、歌うことで励まし、皆さんを楽しませている。
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エンターテーナーは、人を楽しませることができる人。
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ちなつちゃんは、最高のパーフォーマンスで、その期待に応えた。
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大好きなちなつちゃん、いつも感動をいただき「精一杯のありがとう」でございます。いつまでも応援します。

♪♪★(^ε^)-☆Chu!! (●^ω^●)
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2014年03月14日

高知の旅・おもてなしの旅

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高知城。
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坂本龍馬生誕地に立つホテル南水。
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高知の旅はおもてなしの旅。感動の旅だった。
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感動をありがとう。高知の料亭・濱長のきんじょさんとお座敷文化を楽しむ。
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高知のおきゃく文化に触れました。ホテル南水にて。
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桂浜。
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旧土佐藩主山内家ゆかりの宿「三翠園」で。
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高知の老舗・料亭濱長の芸妓さんと。
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しなやかで、しぐさが絵になる、動く芸術品。IMG_0705.JPG
左が武市半平太、真ん中が坂本龍馬の像。右は中岡慎太郎だが、ない。脱藩中?
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土佐おもてなし勤皇党の中岡慎太郎さんと。
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青パスポートが赤パスポートにランクアップ。祝ってもらいました。
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中岡慎太郎さんとは3度目の再会。
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1度目は昨年の名古屋・栄で。2度目と3度目が高知。
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土佐おもてなし勤皇党の岡田以蔵さんと。
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泊まって、記念館に入って、お土産買って、食べて、ランクアップで、ハイ、コウチ。
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愛知県民はハイ、アイチ。
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赤パスポートの次は黒パスポート。それは次回の旅のお楽しみとしよう。
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2014年03月13日

高知の旅・食の旅

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日本最後の清流・四万十川。
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四万十川・1000万本の菜の花の森。
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サイクリングで行った四万十川・1000万本の菜の花の森。
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佐田沈下橋。
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四万十川料理のたにぐち。
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ごりという小さな魚は、四万十川の漁師に伝わる独特の漁法で、3月からごり漁が始まる=右=。
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川エビは、テナガエビ。小さなエビだが、はさみが細くて長くて体より長い。
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青さのりは、ごはんにつけたりして食べられていたものを、天ぷらにできないものか、ということで、谷口さんが開発した。
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四万十川で育った天然鮎と天然鰻。
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四万十川は最後の清流。食の安全。安心はこの上ない。お吸い物には、たくさんの青さノリが入っている。
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四万十川料理。寿し一。
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青さノリは海水と淡水と混ざり合う四万十川河口で育った。青のりの天ぷら。
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青さノリを練りこんだ四万十そば。
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民宿こばんは、土佐くろしお鉄道・中村駅に近い。
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民宿こばんの豪勢な夕食は家庭の味。中村の塩タタキは絶品。
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朝食も地場の食材。地産地消、スローフードの世界。
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トンボ自然公園。
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四万十川に近いトンボ自然公園。
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高知駅にある明神丸の回転広告塔。コカコーラ、NTTドコモと3社で広告。高知のビッグネームなのだ。
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ひろめ市場の明神丸。
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カツオのたたきはわらの火を使う。
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明神丸のカツオのたたき・タレ。
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3時にまた頂いた。塩。
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カツオのタタキ丼。明神丸にて。
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2014年03月12日

おきゃく

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高知城。
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高知駅の土佐電鉄の路面電車。
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日本一の歴史と距離を誇る。操車場にて。
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旧土佐藩主山内家ゆかりの宿「三翠園」。
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おきゃく。
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おきゃくとは、宴会のこと。
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「三翠園」にて。
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高知では、こう呼ばれている。
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3月3日、旧土佐藩主山内家ゆかりの宿「三翠園」にて写す。
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高知城。
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高知の老舗・料亭濱長の芸妓さんと。
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立ち居振る舞い、踊りのしなやかさは、よく稽古されている。
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日本の伝統美。お美しい。
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「三翠園」には、立派な別館に温泉がある。お昼に入った。
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2014年03月02日

金沢市東茶屋の照葉

泉鏡花の小説に「照葉狂言」という作品がある。

照葉狂言は、江戸時代末期から明治時代の中期ごろまで行われた寄席演芸。

能や狂言に歌舞伎を交え、囃子(はやし)は能の楽器に三味線を加え、女役者だけで演じることが多いという。

能や狂言、歌舞伎で女役者を見たことがない。

いわば、タカラヅカの世界だろうか?
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小説「照葉狂言」では主人公の男が照葉狂言一座の年上の女座頭に愛され金沢を離れる。
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そして能役者として金沢に戻る物語。
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金沢市は城を中心に街が形成されてきたように見える。
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その金沢市の中心街からやや離れたところに「東(ひがし)茶屋」がある。
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加賀百万石の城下町の風情を今にとどめている。

その茶屋街の一角に「照葉」という屋号のお店がある。

茶屋の情緒を活かした店づくりで、江戸時代の風情を楽しむことができる。

泉鏡花や室生犀星らを生んだ金沢は、文化の香りが漂う。
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この2月、雪の金沢へ行ったときの照葉全景。
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2014年03月01日

冬の函館

北海道には方言がないと聞いていたが、函館の人たちが話す言葉には、訛りがある。

全国から開拓団が集まった他の北海道と違い、函館は江戸時代、松前藩の役所が置かれ、東北と行き来があったから、だろうか東北に近い訛りにのように聞こえる。

幕末の時代、アメリカが開国を迫り、函館港は日米和親条約によって補給港となり、修好通商条約により、日本初の国際貿易港として開港。
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外国人居留地が設置され、函館は今に至るまで異国情緒が漂う、おしゃれな街になっている。
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この冬、新年明けて1月に函館に行った。
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こんな、お洒落な街にも悲しい歴史がある。

元新撰組副組長の土方歳三は、部下を全員戻し、負け戦の函館戦争で一人、新政府軍に突撃し、35歳の若さで亡くなった。
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お洒落な函館赤レンガ倉庫群。
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金森赤レンガ倉庫。

函館ビアホールも赤レンガ倉庫群の中にある。
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お洒落な明治館。
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GLAYも入ったカリフォルニア・ハンバーガーのラッキーピエロ。
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旧函館区公会堂。
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函館山。

港と坂道、それに市電を見ると、函館はアメリカのサンフランシスコとも似ている。
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2013年11月30日

面影を今に残す出石城跡・城下町

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出石城跡は兵庫県の山間(やまあい)の小さな町にある。
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織田信長軍の但馬(たじま)攻めで羽柴秀吉により落城。
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信長との和睦により守護が領地に復帰したエピソードを残す。
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鳥居をくぐって城の山頂へ。
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天守閣があったとされる山頂から城下町を眺める。
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出石はこのお城を中心に小さな城下町を形成。
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武家屋敷や商店など、その面影を今に残す。
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時計台・辰鼓楼(しんころう)から出石城を望む。
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京都蛤御門の変で朝敵となった桂小五郎は、この出石で身を潜めた。その石碑。
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石碑の隣には、出石そばの「よしかわ」。午後2時半を過ぎているというのに、列をなしていた。
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「たくみ工房」はここ。
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芝居小屋の永楽館。こんな小さな町で歌舞伎の映像が流されていた。道が狭い正面玄関。
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但馬の小京都・出石の城下町から出石城跡を望む。
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2013年11月29日

日本のマチュピチュ・竹田城跡は天空の城

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日本のマチュピチュと呼ばれる。
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海に浮かび上がる古城・竹田城跡は、天空の城として、この1年の間に大ブレークした。
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一昨年、訪れる観光客は、年間5万人。それが昨年、20万人。それが、今年、40万人を見込む。
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この広がりはネット。
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それに飛びついた観光産業により爆発的に広がった。
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そして来年には、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で更なるブームが巻き起こるだろう。
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地元では何も努力なしに大挙してやってくる観光客に驚いている。
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1人300円の入場料を取って、今年は1億2千万円の収入を計上し、お城の石垣やトイレなどの整備に充てる。
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お城近くにある道の駅でも売上が急増し、その経済効果は計り知れない。
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今はない大型宿泊施設も、竹田城の山向かいにある立雲峡にホテルなどが建設されては、景観が損なわれる。
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歴史のお話。一説によれば、竹田城が管轄していた生野銀山を確保しようと織田信長の意を託された羽柴秀吉が攻め入ったとも言われている。
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関ヶ原の戦いでは西軍。徳川幕府の方針により廃城となったが、石垣までは取り壊されなかった。
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そんな歴史を持っているゆえに、ぜひとも竹田城の周辺はこのままの景観を維持してほしいと願うばかりである。DSC02126.JPG
天空の城・竹田城跡。
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雲海が発生。
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来年のNHK大河ドラマのロケ地。
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2013年11月07日

最高のエンターテーナー大道芸人・ミスターユー

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名古屋城へ行くと、名古屋おもてなし武将隊が毎日、おもてなしをしていただけるし、演武もある。
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また週1回、あいち戦国姫隊もおもてなしや演武を披露される。

この方々は、名古屋市や愛知県が雇用しているいわば公務員だが、そうではなく勝手に名古屋城で大道芸を披露している方もおられる。
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ミスターユーこと宇佐美裕太郎さんが名古屋城の許可をようやくもらって、勝手に大道芸を披露している。

観光客であふれる名古屋城だが、大道芸を取り巻く人たちは多くはない。

しかし、一生懸命、笑いを取り、これだけも巧みな話術。
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それに飽きさせない大道芸に、必死に生きていこうとするミスターユーは、たくましい生命力を持ち、ただ者ならぬ無限の可能性を秘めている。

はじめ30人以上はいた人も、段々少なくなって、「名古屋城から出演料も頂いておらず、交通費も実費・・」と、話し出すと、客は一人離れ、二人離れ、もう20人ほどになってしまった。
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皆さんを楽しませてくれたお礼に、わずかながら私も大きな赤い袋に小さなお金を入れたが、入れた人はほんのわずかだった。

最高のエンターテーナー・ミスターユー(Mr.↓YU↑)。

この最高のエンターテイメントを見たければ、みなさん名古屋城にぜひとも足を運ぼう!

★ミスターユーのホームページ↓
http://mryu.blog.players.tv/
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2013年11月06日

母校の学園祭に足を運んだ

卒業後、2度目となる母校の学園祭に足を運んだ。
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11月4日、テレビ番組のグランスピアーが登場するとあって、愛知大学名古屋キャンパスの会場は子供連れのファミリーであふれていた。
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正義の味方・グランスピアーの声も、悪役・数人の声も一人で、声優のレベルは高い。
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そして変身するグランスピアーの主役は、BOYS AND MENのメンバーで愛大生。

そのBOYS AND MENがグランスピアーショーに続いてステージの立ち、歌とダンスで楽しませてくれた。
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女性アイドルユニットDelaも登場。会場は追っかけ男性であふれていた。
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「愛知大学国際コミュニケーション学部、学籍番号・・・」と、Delaのリーダーも愛大生。
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ステージで空手の回し蹴りを披露するが、実はリーダーが高校生の時、全日本チャンピョンだったというから、蹴りが様になっている。

お昼は愛大生が商品開発にかかわったという山崎パンのキャンパスランチパック中華風肉餡(にくあん)を頂いた。これ、うまい。

たこ焼きも頂いた。ほかにも頂いた。

中国の工芸茶も頂いた。これ、高級茶だとすぐ分かる。

お茶を頂きながら、学生たちと論議できた。よかった。

帰りにOBと2人で、大学近くでラーメン、もう1軒、イタリア料理を頂き、青春に戻った1日だった。
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2013年07月07日

新月と鵜飼

鵜飼は、もともと満月の夜にはやりませんでした。

それが岐阜長良川などで、今から50年ほど前から、商売上、観光業として、満月でも、行われるようになったようです。

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満月に鵜飼のないその訳は、満月の月明かりにより篝火に鮎が集まりにくいためといわれます。

今では街の照明、車のヘッドランプで、夜に明かりのないことはありません。

鵜飼の楽しみは、鮎と鵜の駆け引き。

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それには、明かりのない夜が一番です。

7月8日は新月。

鵜飼は月の明かりもない新月が一番です。

新月には、そのパワーは大きいと言われおり、願い事を紙に書いて、新月を浴び、願いをかなえると言いますが、効果があると言われています。

鵜飼を楽しむならば、この7月8日が最高の夜です。

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写真はすべて岐阜県関市の奥長良川にある小瀬鵜飼。

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小瀬鵜飼は、宮内庁式部職十八代目鵜匠。天皇家に関わっています。

鵜飼は「古事記」「日本書記」に神武天皇の伝承として登場し、「万葉集」にも柿本人麻呂、大伴家持の鵜飼の歌あるそうです。

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古くから鵜飼で捕れた鮎を天皇に献上し、武士権力者へも献上していたと十八代目鵜匠からもお聞きしました。

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小瀬鵜飼は、今に残す古き鵜飼です。
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2013年06月29日

満月の夜に富士山が見れる日本平ホテル

富士山が世界遺産に登録されることになった。

建て直しされた日本平ホテルが昨年、2012年9月に完成したこともあり、ぜひとも建て直し後の日本平ホテルへ行って、富士山を眺めたい。

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というのも、このホテルは、キムタク主演ドラマ「華麗なる一族」の舞台となったところ。

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その日本平ホテルは、2011年4月18日、満月の夜を最後に取り壊して、建て直し工事に入った。

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取り壊し前にブロガーはこのホテルに行って食事をしてよかったと思っているが、ただ残念なことはあいにくのくもり空で富士山が見れなかった。

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ホテルのフロントには、満月の今後の月日の案内があった。

なぜか。

月光の輝きで、ホテルから夜の富士山が見ることができるから。

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だからホテルは満月にこだわる。

満月の夜に日本平ホテルから眺める世界遺産の富士山はどんなだろうか。

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見てみたい。(ここで食事をとりながら、晴れていれば富士山が見えたはず・・)
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2013年04月18日

的矢の風情を今に伝える旅館・丸定

三重県志摩市に的矢がある。

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的矢かきで知られる。

古くは西国や大阪から江戸に通う廻船が時化(しけ)で避難したり、物資の補給地として栄えた。

帆船が蒸気船に替わると、避難船が来なくなった。

舟遊女がいた的矢の置屋は船宿に衣替えをした。

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その一つに江戸時代から続く旅館・丸定がある。

移築して、その面影はなくなったが、歴史と伝統のある旅館である。

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志摩スペイン村に近く、車で3分ほどで行ける。

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周りには高級ホテルがそびえ立っているが、歴史と伝統では丸定には遠く及ばない。

家族的な温かいおもてなしは、舟体を寄せ合う的矢の風情を今に伝える。

―――

的矢カキは、秋から3月までがシーズン。写真は4月。

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なお、「二十四の瞳」の著者・壺井栄さんは、的矢に3度足を運んでいる。

小説・伊勢の的矢の日和山
http://arimine.com/reprint02_ex01.html
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2012年07月29日

弱い者いじめは楽しいか

アメリカで今なお評価が高い映画に、フランク・キャプラ監督の名作「素晴らしき哉、人生!」がある。

映画学科のあるアメリカの大学では、この映画は大学生に必見になっているといわれている。

内容は、主人公が子供とき、弟を助けて、片耳が不自由になった。

成長して、事業家となったが、部下の不注意により、会社の大金を見失って、途方に暮れ、この世に絶望する。

「生きてこなければ」と自殺を企て、橋から川に飛び込もうとしたそのとき、溺れている何者かを助けた。

この何者かにより、主人公は自分の生まれていない世の中を見ることになった。

家族、知人に会っても、誰も主人公を知らない。

妻は独身で、夫である主人公はストーカー扱いにされ、弟も子供のときすでに亡くなっていた。

主人公は生まれていない世の中に絶望し、生きていることに価値を見出す。

大津、大阪と、子どもによるいじめ自殺が後を絶たない。

それは学校で、いじめが常態化して、子どもを救いようのない絶望に追い込んでいるからだろう。

弱い者いじめは楽しい。

それにより、ささやかな優越感と快楽を覚えるから・・

こうした心の持ち方こそ、私たちは恥じねばなるまい。
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2008年08月25日

亡き母を偲ぶ・兄嫁へのプレゼント

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長い間、お袋に仕えた労苦に報いるため、兄と2人で兄嫁にささやかなプレゼントを贈ることになった。

3年前、腸に悪性のがん手術。

腸が破裂して、何日もたまっていた便が体中に散った。

大変な手術になって、人工肛門となった。

お袋は嘆き悲しんでいた。

退院。自宅に戻って、風呂に入るときに、人工肛門から便が天井に届かんという勢いで噴き出した。

兄は呆然と見ているだけ。

兄嫁が機転を利かして、すぐさまお袋の人工肛門を手で押さえつけたという。

2年前、再手術をして、校門は元に戻った。

お袋は喜んで、明るい表情をしていた。

だががんは確実に進行していた。

兄夫婦がまたして病院に呼ばれ、入院して抗がん剤投与を打診された。

その夜、お袋はそれを拒否した。



ふさふさの髪がなくなり、歯はがたがた。

そんな醜い顔になってまで、延命措置はいらないというお袋と親子喧嘩が始まった。

兄嫁は泣き出した。、

実家から日曜日の夕食を呼ばれた。

静まり返った食卓に、お袋一人だけが普段通りの饒舌(じょうぜつ)ぶり。

家族はみんな黙って、お袋の独演会を静かに聴いていた。

自分の両親よりも長生きした。

 お袋の母親は若い頃からヘルニアに悩まされ、若くして亡くなった。

 小さい頃から母親代わりに父親と妹の面倒を見ていた。

もう十分生きた。

 お袋は逆縁を恐れていた。

 子供が親より先に逝くことがあってはならない。

 それが親にとって、何よりも親不孝。

 親の死に目に会うまで、子供が元気に生きることが一番の親孝行。

これより長生きしては、かえってみんなに迷惑をかける。
 
こんなことを口にしていた。

 x  x

兄嫁はお袋の秘書、ボディーガードをしていた。

お袋が銀行のキャッシュコーナーで下ろした大金50万円を忘れきた事件があった。

気付いてすぐに戻ってみたら・・お金は無い。戻らなかった。

お袋は「株ですった」と思えばいい、とさばさばしていた。

こういうことがあっても、お袋は通りで拾った財布を黙って自分の懐に入れない。

派出所に届け、期間がたち、持ち主が現れず、しかもその全額を子ども会寄付した。

話を戻そう。

事件の後、銀行へは兄嫁が同伴することになった。

こういうこともあって、お袋が亡くなって、兄嫁へのプレゼントをすることになったが、何にする?

姪(兄夫婦の一人娘)のアドバイスもあって、エルメスのバッグ?

兄嫁は娘と親子で、ブランドめぐりをして、シャネルの財布を見つけた。

気になるお値段は、9万円。

兄と顔を見合わせ、2人で大笑い。

誰が買うの?

で、エルメスのカバンは?

目が点になった。小さいので30万円。ちょっとしたものは、100万円以上とか。

そしてこのほど、プレゼントは結局、このシャネルの財布とヴィトンのバッグとなった。
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2008年08月05日

永遠の眠りに付いたお袋

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茫然自失、自己の存在を見失った。

7月25日、早朝、お袋が息を引き取り、永遠の眠りに付いた。

6月1日の日曜日、あんなに元気で、2人でチョコアイスクリームを食べたのに、その夜、突然、食事が取れなくなり、一人で歩けなくなった。

そのときは、年内か来年の命とつぶやいていたのに、会うたびに死期が早くなって、8月第1日曜日の夜、二人で寝ようと電話で話したら、「命があればね」と本気なのか冗談交じりに電話を切られた。

そして亡くなる数日前には「いつお迎えが来てもいい」と達観していた。

2人の息子と兄嫁から、大切にされ、介護ベットに横たわるお袋は、覗き込む家族の顔を見て、「幸せ」と口にした。

「感謝」「ありがとう」も幾度も口にした。

昨夜から眠りついたお袋は、朝になっても目を覚まさない。

様子が変、手を握り締めていたが・・

息が止まって、開いていたが口が閉まってしまった。

手をさすっても、呼んでも反応が無い。

あふれる涙は、もう止まらない。

兄嫁に「よくやってくれました。本当にありがとう」と声をかけたのが精一杯だった。

兄嫁は「おばあちゃんが大好きだった」と答えてくれた。

後は泣くしかなかった。

お袋のもともとの家系はいい。

何十丁簿という大地主で、造り酒屋の孫、直系宗家。

大屋敷は、普段、大門にある小門を利用するが、つつじが咲くころに年に一度だけ、大門を開く。

近所の人たちが、弁当を持って、行楽に訪れたという。

子どもたちは、乳母日傘(おんばひがさ)で育ったという豪商も、保証人になったばかりに、没落。

セリで蔵から持ち出された骨董品は、お寺の本堂に並びきれなかったという。

お袋の子ども時代、親類の宝石時計店からかわいがられ、贈られたイヤリングを耳にして、高級腕時計をして、ルーペや顕微鏡をもって、小学校に通ったという。

その恩義をお袋は生涯、忘れなかった。

時計店のご主人は若くして亡くなり、店をたたんで、おば様は外に働きに出ることなく、遺産で子ども4人を育て上げたが、老後は悲惨。

お袋は、服上下から、ぞりまでをプレゼントしたり、喫茶店、飲食店に誘って、「娘より大事にしてくれる」と感激された。

家族が基本。他人は信用しない。

だが、ひとたび信用すると、とことん付き合う人だった。

工務店の棟梁がお通夜に来てくれた。

リフォームやら水道行為業者ら営業が来ても、全て断るのも、仕事ぶりと人間性が気に入った棟梁との深い付き合いがあるから。

美容院の先生も、通夜に駆けつけくれた。

名古屋近郊から岐阜県境に独立開業されたが、腕と人柄で、わざわざ何十キロと離れた美容院に、兄嫁の運転する車で通う。

ボブカット、おしゃれなお袋のお気に入りのヘアスタイルは、十年以上も変わらない。

家族の中で、家族の悪口を言うと、たちまち機嫌が悪くなる。

他人に家族の悪口は一切言わないし、いい事でも、あまり語りがたらない。

家族自慢もしない。

人を騙すことはしないし、また騙されない人だった。

お袋には、ごまかしがきかない。

だから正直に話すしかなかった。

子どもの頃、聞かされたことわざがある。

「人を呪わば、穴二つ」

「人を悪く言ったり、人を陥れようと穴を掘っていると、自分が落ちる穴まで掘っている」と説明を受けた。

気位が高く、気高く生きた人生だった。


明日ありと 思う心の
  あだ桜 夜半に嵐の
     吹かぬものかは

親鸞が9歳のとき出家得度して詠ったとされる。

af3a336b.jpg
なお、写真はお袋とブロガーのツーショットです。

似てるでしょう。親子だも・・

写真の上でクリックすると、拡大します。
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2008年04月02日

「平和の種」寄贈

どりむ社発行の絵本「平和の種」(文こやま峰子・絵おぐらひろかず)を愛知県図書館へ寄贈した。

この絵本は、京都府綾部市からブロガーのところへ送られてきたもの。

自分だけのものにせず、広く多くの人たちの目に触れてほしいと、先日、図書館へ足を運んだ。

絵本の内容は、パレスチナの少女とイスラエルの少女の物語。

ともに戦争遺児で、日本にやってきて、2人は出会う。

東京の浅草へお参りに行ったり、プリクラで一緒に記念撮影したり、ダンスをしたり、ときに笑いこけたり、話し込む。

憎しみあう2つの民族の間で、2人は平和の種をまき、中東の大地に希望の花を咲かせようとする。

ぜひぜひ美しい大輪の花を咲かせてほしいと思う。
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2008年02月22日

母校よ、しっかりせよ!

2月3日(日)午後4時頃、長野県栂池高原スキー場において、母校・愛知大学の学生7名と指導員2名が雪崩に巻き込まれるという事故が発生し、2年生二人が翌4日に亡くなられた。

取り返しのつかない痛ましい事故により、2人の尊い命が失われた。

報道によれば、雪崩の危険を再三にわたって警告されているのにもかかわらず、能天気にスキー実習を危険地帯で行った指導員2人に、ご遺族の方々の悲しみを思うと、怒りがこみ上げてくる。

大学は、事故調査委員会を設置して、事実関係を明らかにするようだが、結果が明らかになり、責任が指導員2名にあることがはっきりしたら、当然2人には、厳しい処分を下さなければ、ご遺族の方々に申し訳が立たない。

原因究明をしたところで、なくなられた2人が帰ってくるわけではない。

ただただ、やるせない思いが募ってくる。

こんな悲しい事故は、もう2度とあってはならない。

母校よ、しっかりせよ!
posted by マダムフセイン at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

多感な青春の時空共有した同期会

数十年ぶりの再会となる、高校の同窓会・同期会に出席した。

受付のおじさん、おばさんは、先生かと見間違えるほど。

誰が先生で、誰が生徒なの、とつぶやきたくなる。

授業半年サボって卒業できた壮美君、すっかり良いお父さんになったね。

授業サボって校舎の屋上で語りあったこと、昨日のことのようだよ。

弓子ちゃん、相変わらず美人だね。クラスのアイドル洋子ちゃん、良妻賢母してるね。

敏正君、弘二君、基博君、貫禄ついたなあ。

真由美?眉そった、長スカ・ヤンキーの?

う〜ん。ムム、2組のフォークギター淳が夫だって。((*_*)

もう一人の真由美ちゃん、加代子ちゃん、充世ちゃん、陽子ちゃん、恵美子ちゃん、瑞恵ちゃん、17歳の面影残ってるよ。

ハ〜イ、姉御の京子ちゃん、まだ生きてるよ。150歳まで生きるから、簡単には死なないよ。

多感な青春の時空を共有した、3年9組のみんな、次回まで元気で。

10組の智美ちゃん、音楽会でイムジン河歌ったろう。

5組の早苗ちゃん、母校で国語の先生、同窓会の取りまとめ、深謝。

茫然自失。柴田先生が昨年亡くなった、と。

ヘーゲルの?弁証法?セイ?ハン?ゴウ?○x△と若者の思想形成に影響を多少なりとも与えたい熱のこもった倫社の授業。

誰が分かるの?

先生のお嬢さんは我らと同い年。卒業後、お嬢さんと二人で名駅前で食事したこと思い出される。

2組?3組?の渡辺宜嗣(のりつぐ)さんは、来ていませんでした。

この方、スーパーモーニングなどでご存知のテレビ朝日のアナウンサーです。

2002.11.23

晴れ
posted by マダムフセイン at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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